Tag: 舞台の上で生きる

「心」が開いているか、閉じているか

戯曲を時間かけて分析していった後で、役者が役作りで持っているのは、貫通行動と超課題だけ。そこだけはっきりさせてください。 そうすると、どこのシーンに出てきても、いつも考えることのベースがある。 セリフはいろんなテーマや話題で喋っていても、一番根底に、いつも気がかりな心配事としてあることは一つだけ。 そうすると、本当に生きている、生活感が出てきます。 私も今までいろんな言葉で説明してきましたが、でも私が持っている貫通行動、心配事というのは一つだけです。いろんな説明も、いろんな言葉や、いろんな話題で説明したり、いろんな稽古をして、みなさんがやってるのを見てたりする時も、私が持っている気がかりな心配事は一つだけです。 そこがちゃんとできてるなと見えたら、私は嬉しいし、そこがなかなかできないなというふうに見えると、がっかりします。 なんだと思いますか 心が開いてるか、開いてないか、そこだけなんです。 心が開いてたら幸せを感じます。 心が開いてしまえば、あとは潜在意識の領域で全部できてしまうので、そこだけなんです。 とにかくいろんな事で、毎回いろんな説明をして、いろんなことを試してやらせますけども、課題は一つだけです。とにかく心を開いてもらう。それだけです。 言ってみたら、心が開いて、エネルギーが流れ出すために、課題を見つけたりとか、種の話をしたりだとか、貫通行動を見つけたりとか、してるだけなんです。 何度か説明しているんですが、まだまだ皆さんの意識に浸透していないのかもしれません。 心のエネルギーっていうのは、言い方は色々で、精神エネルギーと言ったり、サイコエナジーと言ったり、色々言い方変えてます。でもとても重要なエネルギーです。 真実のエネルギーと言ったり、オーのエネルギーと言ったり、でも同じエネルギーです。 そこの一番大切なことは何か。 そのエネルギー自体はものすごく知恵を持っていて、全部そのエネルギー自体がやってくれるようになります。 別の言い方をすれば、超意識的なエネルギー。それが動き出せばいいのです。そのエネルギー自体が自分を使って、必要なことは全部やってくれるのです。自分が考えている注意量の100万倍もいろんなことができる、そういう能力です。 全てのあらゆる万物というものは、植物も動物も、全てのもの、あらゆる万物というのは、このエネルギーでできています。 これだけの種類の生物がいるのはなぜなんでしょう。誰がそんなものを作り出したのでしょう。 昔の人はそれを神と呼びました。自然の神と。ではその自然の神を司ってるものはなんでしょう。それが今話してるこのエネルギー。サイコエネルギー。 直感的な創造、クリエイティブな活動というのは、そのエネルギーが動いています。 自分がやるものではありません。それは自分がそのエネルギーとつながった時に、自分を使って、そのエネルギーが全ての偉大なものを作りだすのです。 スタニスラフスキーは、そのエネルギーを引き寄せるために、5つの、自分の創造的自己感覚を作る5つの基本を訓練しなさい、そうすれば、そのエネルギーを自分で引き寄せられるようになると言っています。 これを皆さんの場合だと、課題というもので、そのエネルギーが出やすいのか、あるいは別の用語を使った方が出やすいのかというところを見ているのです。

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誰が言ったんですか?

誰が言ったんですか? 私たちは全然違う方法でやります。 今生まれたことが一番重要だし、一番美しい。一番いいことです。 何が正しいか、正しくないかなんて誰にもわからないし、誰にもいう権利がありません。 今生まれることが、一番大事。多分明日になったら、また全然違うことが生まれます。両方とも真実です。 多分今知性が、あの演出家って、ああいうふうに言ってたよなって、言い始めたんだと思います。 芸術家になるためには、自由でなければいけません。以前の演出家のことを思い出して、ぎゅって、固まってる感じがします。 私は演出家はあまり好きではありません。演出家は大体正しいことはやらないです。この芸術は俳優の芸術です。演劇芸術は演出家のための芸術ではありません。 スタニスラフスキーは、演出家は袖でただみて、助けてあげればいいと言っています。いつもいつも私も、芸術家達、俳優達が舞台でうまく行くように助けるだけです。 スタニスラフスキーは、演出家はお産婆さん、産むのを助けてあげる人だと言っています。産むのも俳優だし、それを育てるのも俳優です。 現代の演出家って、大体、俺がやってる、俺様がやってるみたいな人が多いです。それがすごく嫌いです。演出家は楽屋に行っていればいいのです。 俳優が舞台に出るのだから。 だから自由になってください。 過去に苦しんできたんだなということがわかります。 何かに従ってビクビクしてやることは必要は全くありません。

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「俳優的」自己感覚をやめる

創造的な、クリエイティブな自己感覚を作ることが大切です。 自己感覚は、言ってみればいい状態か悪い状態しかありません。 悪い方というのは、俳優的自己感覚の状態です。これはなかなか拭いきれません。 実際やってみて皆さんも体験すると思いますが、どうしても舞台に出て、人前に出た瞬間に「俳優的自己感覚」「あ、見られている」という感覚になってしまいます。 そうするとすぐに緊張します。ずっと見られているので、見られているという感覚がどうしても取れません。 言ってみれば、ここで学ぶことの全ては、いかにその俳優的な見られているという感覚から、人間的な、ごく自然な、創造的自己感覚になっていくかという、そこの勉強だけです。 人によって、その感覚に数年でなれる人もいれば、3、4年かかる人もいれば、10年ぐらいかかる人もいます。 これもロシアだけじゃなくて、アメリカでもヨーロッパでも日本でも、ずっと仕事してきて、いろんな俳優を見てきましたが、どんなにベテランの経験豊富な俳優でも、やはり見られているという俳優的自己感覚がどうしても取れないという人が多いです。 それでどうしても誤魔化してしまいます。どこかで自分に嘘をついてしまう。 それでとにかく、やってるというのを見せつけようとします。ただどんなにやっても、そういうことは役立ちません。 なぜかというと、創造的なクリエイティブなプロセスというのは、俳優的な感覚のうちは起こらないからです。 そこで一番最初に大きな問題になるのは、注意が集中できなくなることです。 お客さんのことを考えたくないのに、でもやっぱり客のことを考えてしまう。 お客さんのことを考えない、考えないとやってるのに、でもやっぱり気になってしまう。 演出家が客席にいるって考えただけで、演出家は一人なのに、気にしてしまう。 そこが一番問題なわけです。 俳優の経験がある方は身に覚えがあると思います。 それでどんなに誤魔化そうとしても無理です。 一人一人自分のペースがありますが、やはり自分の意識を変えて、自然体の創造的な自己感覚になっていくということを目指していかなければなりません。 結局は自分の意識の問題です。 自分の意識が自分の人生そのものです。 自分の意識がとらえていないものは、自分の人生で出会ってこなかったことと同じです。 全ては意識です。

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「結果をイメージ」することで俳優を壊してしまう

演出家として、こういうワーリャ(桜の園の登場人物の1人)になってほしいとイメージを作ってしまうと、その俳優のことを壊してしまうことになります。どんなワーリャになるかなど分かりません。 どんなガーエフが生まれるかも分かりません。そこが面白いのです。 また女優自身がこういうワーリャだという結果を見てしまっていたり、あらかじめ知ってたとしたら、それは型を作ってしまうことになります。それをやってはいけません。

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「劇作家に従う」のではなく

大体の人は、私は劇作家(ここではチェーホフ)が書いたロパーヒン(作品に登場する役)になるんだと思ってしまいます。私はロパーヒンではない、劇作家が書いたものが本物だと。 そしてだんだん、その死んだ像に従うようになり、それが自分をコントロールし始め、その結果「生きていない人」になってしまいます。 スタニスラフスキーは、そうやって自分自身のことを殺すことが、戯曲そのものをも壊すことになると言っています。 大抵の俳優は劇作家(チェーホフ)に従うということを決めてしまっています。書かれたラネーフスカヤ(作品に登場する役)は死んでるものです。だから今まで上演されてきた桜の園のラネーフスカヤは、大体死んでるし、大体似ています。美しくて、叙情的で・・・。 でもそれらは嘘、嘘、嘘です。死んでるから嘘なんです。 チェーホフは俳優にそのようなマスクをして欲しかったのではなく、生きた人間にこれをやって欲しかったのです。 チェーホフさんありがとう、でもこれは私ではありません。私は生きているから、生きたものをやりたいのです。愚かかもしれないけど、でも生きています。チェーホフよりも才能はないかもしれないけど、でも私は自分自身でいて、生きた存在のままでいたいのです。 もちろんチェーホフが書いてくれたセリフはしゃべります。でも私は私が理解するようにしかしゃべりません。セリフの中に込められている考えは、私自身のものです。チェーホフが考えたものとは違うかもしれない。でも私がやりたいようにやるのです。

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「演技」してしまうと嘘になる・伝えるために必要なもの

正しい課題を見つけて 、課題がはっきりしていても、舞台上でその課題を達成しようと演技してしまったりすると、結局全部ウソになってしまいます。人と言うのは生きてる状態でしか、真実というものを届けられません。 スタニスラフスキーはこう言っています。「俳優が舞台の上で、ありのままの人間ではなく、俳優という労働するような状態になってしまうと、それは作品も役も殺してしまう」。なので、常にありのままでいなければいけません。ただ、置かれている状況が違うだけです。

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自分の「体験」や「経験」をすぐに使えるように

視覚化はあらかじめ準備したほうが良いのですかという質問ですが、視覚化は家でやってきて、映画フィルムをどんどんリハーサルごとに濃くしていかなければなりませんが、毎回毎回、電車の中とか、家の中で視覚化していると、だんだん視覚化が楽になっていきます。 で、舞台上でやる時には、もうあまり注意を向けなくても、勝手に視覚化が出てくるようになります。 例えばですが、私が自分の人生を振り返るとして、私には20個ぐらいのすごくはっきりした視覚化があります。事件が起こっているので。 その事件は実人生の中で何回も何回も思い出します。それを勝手に視覚化してしまいます。 私が作っている全ての作品は、全てこの20個の視覚化をもとにして、作っています。どんな作家であっても、どんな作品であっても、この人生の20個の視覚化を使って、これらの作品を作っています。 悲劇的な場面だったり、嬉しい場面、悲しい場面、全部自分の人生から取っています。それが私の人生の経験だから、使えるのです。 この自分自身の経験から、スタニスラフスキーは、芸術、創造ができるという風に言っています。 つまり私たちは自分の人生の経験を使って、他の人のために芸術作品を作っているということです。 これが私たちの仕事。創造の仕事です。 みなさんも同じことをやります。自分が人生ですごく感じた経験があると思います。 どんな作品でも、自分の経験を思い出して、もう一度生き直さなければなりません。ペレジヴァーニ(追体験)とはもう一度生き直すという意味です。 で、これから生きていくと、いろんな体験するし、経験もすると思いますが、それも創造の箱、引き出しにしまっておくようにしてください。すぐに出せるように。

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